長旅の始まり

実家を離れて生活をすることは、僕の場合は、高校1年からです。
かれこれ27年間、家族と離れた人生ですが、今回の帰省が今までで一番長い、家族と共に過ごした休暇でした。

12月1日から35泊半。
今生活の拠点としている南国のタイとは真逆の、極寒の北国での日々でしたが、幸い、風邪等ひいて体調不良等起こすことなく、父と母、そして年末年始帰省してきた妹と甥っ子、親戚のお兄ちゃん達と、過ごすことができました。

何があるわけでもない、僻地と言われる地元下北。
しかし、ここには、自分にとってかけがえのない人達がいます。
久しぶりに帰っても、《おかえり》と変わらない愛情で迎えてくれる家族、そして幼い頃、同じ校舎で、机を列べて勉強したり、運動会や球技大会やと競い合ったり、時には悪戯して、一緒に先生に怒られたりした同級生がいます。
こんな人達と、時間を共にし、故郷の冬のこの季節を過ごして、なんか、原点を思い出したように感じます。
そしてタイに戻れば、《おかえり》と迎えてくれるモッドがいます。
帰るところがあり、迎えてくれる人がいるって、当たり前のことではなく、本当に有難いことと、こうつくづく感じる今日この頃。
自分を大切にしてくれる人を蔑ろにして得られる新たな縁など、あるはずもないでしょう。

両親。
日頃一緒に過ごしていないせいもあり、会う度に、年老いた感じが否めません。
僕は若かりしき頃、《二度と家の敷居を跨ぐな!》と勘当されても不思議ではないくらい、親不孝でした。
しかし、一回も、突き離すようなことはしなかった両親。
突き離すどころか、叱ることを諦めず、いつも諭してくれ続けました。
何故もっと早く、郷愁という心を、もっともっと大切にしなかったんだろうと、後悔しても仕切れません。
何故。。。と自分で自分に問うならば、答えは、《自分に後ろめたさがあったから、自信がなかったから》これに尽きます。
両親に何か言われても、自分の中で確固たるものがなかった故に、両親の言葉を、ただただ煩がり避けてただけにしか過ぎない。
これは他の誰でもない、自分が原因。

自信が持てない、自信がない原因や理由は、十人十色です。
どれだけ努力しても、誠意を尽くしても、認めてもらえず、誹謗中傷され、自信がなくなってしまう人もいます。
しかしどうあれ、自分が何かに気づき立ち上がらなければ、いつまでも自分を惨めに思い、その矛先は、他者に向き、他力本願となってしまいます。

僕は、強い人だと思われがちです。
でも違います、謙遜ではなく本当に。
何があったわけでもありませんが、この帰省中ある時、今まで自分の身に起こった辛いこと、嫌だったことに対し、《何で自分がこんな目に/あんな目に遭わなければならないのか》という考えをやめて、それらのことが起こった事実を、否定ではなく、《肯定》することにしました、客観的に見て。
どうか勘違いしないで下さい、開き直るという無責任とは違いますので。
そうすることで、不思議とその事実を受け入れることができたり、《あぁなるほど、あの時足りなかったのはこれだから、あんな問題が起きたのね》と、素直に反省もできました。
だからといって、その時に戻りやり直すことはできないけど、二度と同じ目に遭わないように、または反省したことを繰り返さないようにと自分に誓い、自分に足りないことは何か、次はどうするかと考えれるようになることで、それが少しずつですが、自信に結びついていく、そう思えました。

今東京へ戻る、帰省を終えた人達でごった返す新幹線乗車中で、タイへ向けての長い旅路の始まりです。
何せベトナム経由で、且つそこで、乗継時間12時間ですからね。
【男児志を立てて郷関を出づ(月性の詩から)】

男児じゃないけどσ(^_^;)

今胸の内に漲るこの熱いものが、決して空回りに終わらないよう、自惚れず、冷静に行動し、少なくとも信頼を置いて下さる方々のために、邁進していきます。

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