夏休み18日目-現実-

今日も少し実家の庭の雑草刈り。

《雑草のように強く…》

っていう比喩表現。日本語には、色んな比喩表現があり、やる気を持たせてくれたり、夢を持たせてくれる原動力になることは確か。
でも、この歳になって感じること。
今に至るまで、人間関係とか仕事において、良くも悪くも色んなことを経験してくると、ある程度の歳になったら、夢はほどほどにしなければと思う。
そして、雑草のようにと言われても、やはり所詮人間でしかないから、耐えるにも限度というものがある。
この限界を見極めるのは自分自身。
限界を見極めることは、決して悪いことではないけど、人によってはこれを《逃げ》だという人もいるかもしれない。
けど、何かに一生耐え続けて、雑草みたいに場所も変えず、ただただ踏みにじられているのは、逆に人としてどうなの?
踏みにじられようが、摘まれようが、どうしてもそこに居座り続けたいのであれば、それなりの行動を自分で起こすことが、雑草とは違い、人間ができること。

僕の仕事は、現実がとても大切と思い、日々従事しています。
手術を受けるに当たり、《こうなりたい》《あぁなりたい》という希望があるのは勿論だし、それがあるからこそ、高い費用をかけてでもそれを受ける。
けど、思い通りになる、いやそれどころか、様々な事情で、手術するら受けれない人もいる。いやいや、手術を受けたからといって、それが全てではない場合もあり、手術を受けても、その人自身が何も変わらない場合もあり、少なくとも僕は、希望や憧れや欲というもの以上に、手術は、現実をしっかり見つめることができることが、手術を受ける前も、そして手術を受けた後も、非常に大切なことと思います。

手術を受けるに当たり、大切な現実とは何か…
これとあれですと、一言では言い切れませんが、例えば肥満体型だから、痩せなければならないということも、《現実》の一つ。
手術を受けるに当たり、服用が禁止されている薬があるという現実、抱えているその持病が治るまでは/症状が緩和されるまでは、手術を控えなければならないということも《現実》。
こういう《現実》を無視して、増してや、《現実を偽る行為》をしてまでして手術に臨もうとする人がいますが、僕は、こう言った《事実》を知った以上は、サポートを引き受けたくありません。

特に、陰茎形成等大手術のサポートの依頼を下さる方の事情を知るには、やはりそれなりのお付き合いの期間も、非常に大事と思うことがありました。
よって今後は、誰の紹介もなく、陰茎形成手術で初めて僕にサポートの依頼を下さる方の場合は、お断りさせて頂きますこと、予めご了承下さい。

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