老舗の評価から思うこと

昼ごはんは、来年で創業180年を迎えるという老舗中の老舗『三定』で。
ここ目指して行ったのではないのですが、暖簾の【創業天保八年】に惹かれ、暖簾をくぐりました。

出された漬物とお茶を啜りながら、天丼を待ちました。

漬物は、あまり好きじゃないのですが、せっかくなので食べてみると、食べやすく、お茶との相性がバッチリでした。

間も無く、天丼が出されました。
海老3尾とかき揚げが入っています。

衣は、柔らかく、サクサク感はありません。
味噌汁は、赤出汁が強め。

試しに、ネット上の評価を見てみました。
僕は、不味いとも、老舗にしては。。。というような、残念感は全くありませんでしたが、びっくりするくらい、評価が低い…
書かれている内容も読みました。
でも、どの評価を見ても、《それって、ただ単に、あなたの好みに合わなかっただけじゃないの?》と思うような、自己中心的な評価が目立ちます。
人を評価する時って、誰もが自己中心的になるのかもしれませんが…
こうして、三定さんの評価を、更に評価している僕も、その一人になるのかもしれませんが。
彩が悪いとか、高いとか、サクサクしてないとか。
例えば高いって、何を基準に?
これだけの老舗で食事をするからには、それなりの価格という物があるのは、ここ三定さんに限らないはず。
彩?
人参とかピーマンとか、そういう鮮やかな色の天ぷらが入っていないのが気に入らないなら、そういうメニューがある天丼屋に行けば?
サクサクしてないからダメ?
誰が、天ぷらは、サクサクしているべきだと決めたんだろう。
それは、ただ単に、その人の好みでしかなく、サクサク感を期待していたのであれば、百歩も千歩も譲って、残念だったんだなと思うけど、次から天ぷらを食べたい時には、サクサク感を売りにしている天ぷら屋に行けばいいわけで、『評価』なんて大袈裟なことではなく、ただの『感想』でいい。

天丼を完食し、お茶を啜りながら、店内を少し観察していました。
店員は、若い方は見当たりません。
結構お年を召した方が、膳を運んだり下げたりしています。
間も無く、外国人が、一人のお年を召した方に、ビールを注文しました、英語で。
いくら、外国人観光客で、日々賑わっている浅草とは言え、誰もが英語に対応できるわけがない。
しかし、この店員は、一生懸命理解をしようとしていました。

少なくとも僕は、現代の人が体験していない天保という時代から、創業180年目を迎え、現在の七代目に至るまで続いている、老舗三定さんで、昔ながらの天丼を食べれたことで、感無量です。

長く続いて、今尚そこにあるということは、絶対的な何かがあるからできること。
《サクサクの歯ごたえのいい天ぷらが現代人に受ける》
こう知っていても、《昔ながら》を変えない信念。
正直、《今流行り》に変えることなんて、そう難しくないはず。

今日は、ただ天丼を食べたのではなく、老舗三定さんから、学ぶことがありました。
そして思いました。
【僕も、こう在りたい】
と。

何で、180年目とか七代目とか知ってるのか?って?

会計時に、おばちゃんに聞いたら、江戸の素敵な笑顔で教えてくれたからです。

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