4度目の手術の原因

2日の深夜に、ヒロさんが、4度目に当たる手術を受けたので、昨夜から泊まり込みを再開している篤司です。
昨夜は異常なく、ヒロさんも、鼾高らかによく眠れた様子。

今朝8:00頃。
スキット先生が、回診に来られました。

4度目の手術の原因は。。。
脆くなっていた血管部分から生じた出血。
ヒロさんの場合、高齢である以外に、日頃血圧も高め(陰茎形成前)だったことが影響し、血管が脆くなっている可能性が高いと。
そして、3度目の無念の陰茎切断手術後、手術痕の治り具合は至って良好だったので、リハビリがてら、ベッドの縁に腰掛けたり等、リハビリがてら動くことを許可したけど、おそらく中の見えない部分のところに負担がかかり、脆くなっていた部分から出血してしまったのだろうという見解でした。

出血を起こした部分は、右側陰嚢の下。

スキット先生は手術で、その部分を開き、出血の原因となった血管部分を修復してくれたとのこと。
だから、縫合した部分を、1から様子を見ていく必要があるから、あと約1週間、安静にしてもらう必要があると。
安静にしなければ、再び今回のような事態を再発しかねないと。

4度目の手術という、一時は心身共に、どん底に陥ったヒロさんですが、今日のスキット先生の話を聞き、原因が、新たな大きい問題が生じたわけではないということを知り、少しホッとした様子でした。

原因がわかり、また重大な新たな問題ではないと知り、安堵できたのもあり、回診後に朝食は、ほぼ完食したヒロさん!

そして
先月13日の前腕部皮弁陰茎形成から19日目の今日。
ちょっと嬉しいことが^ ^
この期間、ずっとヒロさんの左手に挿入されてきた点滴が、抜き取られました!
些細なことかも知れませんが、ヒロさんにとっては、とても嬉しいことです!

【あぁ。。。
解放された気分^ ^】

だと…

この19日間、ほぼ毎日のように、ヒロさんの術後を書いています。
僕が、この記事を読んで下さっている方々、特に、これから何らかの手術を受けようと検討している方、または手術を受けることが決まっている方へ。。。

【痛みがないということが、異常はないということと、イコールに繋がる】

ということではないということを、重々わかってほしいと願います。

タイという、日本ではない異国に来るに当たり、観光がてらとか、遊びも盛り込んで予定して来る方も、多からず少なからずいますが、何の手術を受けるにしても、それが、全身麻酔での手術なのか、部分麻酔での手術なのか問わず、【痛くないから】と言って、術後の療養を蔑ろにし、ここぞとばかりに観光気分に浸ることが、如何に不適切かということを、よくよく理解してほしい。

痛みがないことが、術後問題がないというバロメーターにはならないということ。

性別適合手術って何…?
少なくとも僕は、はっきり言って、《致し方なく受けなければならない手術》とは思えません。
逆に、心配する周囲の人間の言葉を聞きながらも、手術を受けたいという自分の気持ちを打ち明けて説得して来るような手術。
要するに、自分自身以外の誰が望むわけでもない、誰が勧めるわけでもない、自分自身で決める自分自身の自己満足のための他、何物でもないのが、この手術だったり、ホルモン投与です。

この性別適合手術で満たされるのは、自己満足という欲のみ。

性別適合手術を受けたから、その後の人生が、手術前と違って、活き活き伸び伸び生きれるかどうかは、術後保証されるものではなく、術後の自身の努力次第で得られる賜物。
性別適合手術で得られる価値が、【その人が望む性の身体に近づけること】だとしたら、術後の幸せ(何を持って幸せと思うかは人それぞれですが…)を得るとか、手術前と違い活き活きできると言った内容は、術後の自身の努力次第で得られる付加価値的な物ではないでしょうか。

性別適合手術や、術後可能になる戸籍上の性別変更を、《物》と例えるとしたら…
その物自体に依存し過ぎている現在ではないかと、思わざるを得ないのが、正直な気持ちです。

ホルモン注射をして男性らしい部分が強調されたり、女性的な乳房を切除したり、女性特有の生理という現象をもたらす子宮卵巣を摘出したり、その後、膣をも閉じて、男性器形成まで検討したり受けたりと、自己を満たす過程は様々です。
各過程を終える度に、【価値】は得られます。
しかし…
程度を問わず、それを受ける当事者の強い信念や努力なしでは、それに付随する【付加価値】を得ることは、まず不可能です。
勿論、他力本願でも、この【付加価値】は得られないでしょう。
更にこの【付加価値】は、誰かに与えられる物ではなく、自分自身で得る物。

そして、せっかくなので、もう一つ言わせて頂けるのであれば…
【良い子になり過ぎる当事者】
何故、わざわざ法を定めさせて、それに従おうとするの…?
法律がなくたって、一緒に居たいなら、愛し合ってますって言うなら、いちいち誰かの許可を得なくたって、誰かに認めてもらわなくたって、居たいだけ一緒に居たらいい。
許可を求める必要もないようなことで、許可を求めたり、認めてもらおうとするから、必要以上に辛くなってしまうんじゃないかな…

叩かれて、罵倒されて、批難批判の矢を食らっても、確固たる意志があれば、立ち続けていられます。
でも、いくら環境に恵まれていたとしても、当の本人の気持ちの持ち方が充分でなければ、整っている環境も無意味でしかないし、それだけ完璧な環境だとしても、《もっともっと。。。》と、求めることを止めないでしょう。
矛先を向ける相手を、まずは、見直してみることも、大切なことです。

ここ最近、書きたいことが積もり、書いていたらもう12:30過ぎ!?

ヒロさんに、お昼ご飯の支度をするので、一先ずこの辺で、切り上げますm(__)m

最後に。。。
上記に書いたことは、あくまでも少なくとも僕の想いでしかありません。
長文になってしまったこの記事を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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